はじめに
ECの成長においてLTVは非常に重要なKPIですが、一般的な計算方法では実務上課題があります。この記事はECマーケティング担当者の方にむけて、LTVの重要性と実践的な計算・管理方法、LTVを向上するための代表的な手法について解説します。
そもそもLTVとは
LTV(Life Time Value)は顧客生涯価値と訳され、CLV(Customer Lifetime Value)とも呼ばれます。顧客が生涯にわたって企業にもたらす平均的な総利益を意味します。LTVは、各顧客がブランドにとってどの程度価値があるかを測定することができます。
この数値はマーケティングKPIではなく企業の経営指標と捉えることが適切で、部門横断的に活用することができます。たとえば広告投資を調整したり、リピート購入の増加に取り組んだり、商品の原価率を最適化したり、といった活動の指標となります。
ECにおいてLTVがなぜ重要か
LTV が重要視される理由としてまず挙げられるのが、新規顧客の獲得が困難になったことです。IT技術の発展に伴い、ビジネスを始めるハードルは以前に比べ非常に低くなりました。マーケティングツールを使うことで企業規模に関わらず、様々な方法で商品をアピールすることが可能になっています。
ことEC業界においては、広告主導で新規顧客を増やしてビジネスを成長させるモデルが限界を迎えています。2022年には顧客獲得コストが30-50%ほど悪化しているというデータもあります。
一方で顧客視点から考えてみると、これまでマスメディア等を通じて商品を選んでいた顧客も、PC やスマートフォンの普及により自分で好みの商品を選ぶという選択肢が増えました。顧客ニーズが多様化した今、自分に合った商品や、価格以外の共感価値を商品に求めることは、一般的な消費者行動となりつつあります。
結果として、ECストアにとっては、既存顧客と長く良好な関係を築き、購買を続けてもらうことこそが、ビジネスの成長の鍵になってきています。そこで、一人の顧客が生涯でどの程度の収益をもたらすかというLTVが、客観的な指標としてますます重要視されるようになっています。
一般的なLTVの計算方法と実践上の問題点
一般的な計算方法
「1人の顧客が生涯でどの程度の利益をもたらすか」という定義に忠実な計算方法は下記のとおりです。
平均注文金額 × 購入頻度(一定期間の平均購入回数) × 顧客寿命 × 粗利率
この定義に従った具体的な計算例は下記のとおりです。
- 平均注文金額が5000円
- 1ヶ月間の平均購入回数が2回
- 顧客寿命は2年
- 粗利率は30%
LTVはこのように計算できます:
5,000円 × 2回/月 × (2×12ヶ月) × 30% = 72,000円
購入頻度は一定期間あたりの回数であることに注意してください。
このケースでは1ヶ月間で計算をしているので、顧客寿命も月単位に直して計算をしています。もし年間の平均購入回数で計算をしたい場合は、顧客寿命も年単位で計算を行う必要があります。
一般的な計算式の実践上の2つの問題点
この計算式はとても明快で分かりやすい反面、いざ実際のECストアの状況にあてはめて実践しようとするといくつかの点で疑問が生まれます。
利益率が商品ごとに異なるが、どう計算したらよいのか?
単一の商品ラインナップであれば、最後に粗利率をかければそれで済む話ですが、特に多くのSKU・ラインナップを持つストアであれば商品ごとに粗利率も大きく異なります。
当然ですが、単純にすべての商品の粗利の平均値を使うというのは誤った計算です。
商品単位で粗利率を管理できていれば、たとえば平均注文金額ではなく「平均注文粗利金額」のような数字を算出することでこの問題を解決できますが、そこまでできているストアはどの程度あるでしょうか?
顧客寿命はどのように予測すればよいのか?
上記の定義に従ったLTVが算出されるとき、ほとんどすべてのケースで顧客寿命は予測数値です。つまり、計算者が任意の数値を決めていることが大半です。
ECプラットフォームを運営するShopifyが掲載しているLTVの計算方式では、上記の定義が採用されていますが、顧客寿命がわからない場合は3年を使用するよう勧めています。
参考記事:https://www.shopify.com/blog/customer-lifetime-value
しかし、この仮定はどれほど信頼性があるのでしょうか。本当の平均寿命が1.5年だった場合、定義に従えば実際のLTVは半分になってしまいます。このような不確実な予測に基づく数値を、ビジネスのKPIとするのは非合理的で実践的ではないと言えるでしょう。
ことECビジネスの場合、ある顧客の寿命が”終わった”と判断するのは難しいです。数か月間も音沙汰がなかった顧客が、何かのメールキャンペーンで戻ってきたり、逆に1ヶ月間何度も購入をしてくれていた顧客が翌月以降にはまったく購入しなくなったりなど、ECマーケターであればよく目にするケースなのではないかと思います。
補足
なお、もしあなたのECストアがサブスクリプションを導入しているのであれば、下記の式で比較的精度よく顧客寿命を予測してLTVを計算することが可能です。
平均顧客寿命(ヶ月) = 1/月次解約率(%)
たとえば、
- 8月頭の総顧客数が1,000人
- 8月中の解約人数が100人
というケースの場合は、その月の解約率は10%と計算することができます。
この計算を複数月にわたって行い、数値を平均することで、月間にどの程度の顧客が解約するのかある程度精度が高い予測を行うことができます。平均顧客寿命は、その逆数を取ることで計算します。
ですので、顧客単位の月次収益(サブスクリプションの分野ではMRPUと呼ばれます)が10,000円だとすると、
LTVは10,000円 / 10% = 100,000円 と計算することができます。
ECにおける実践的なLTVの計算方法
これらの問題点を踏まえ、より実践的なLTVの計算方法についてご紹介します。
売上で算出するパターン
さきほどの計算式から、粗利率を除いた計算方法です。
平均注文金額 × 購入頻度(一定期間の平均購入回数) × 顧客寿命
ECマーケティング担当者の立場からすると、多くの場合、商品の粗利率(原価)はコントロールできない部分ですので、マーケテイング活動の管理指標としては、この計算方法で充分かもしれません。
実は、こと英語圏でECストア向けに発信されている情報サイトでは、大半の場合こちらの計算方式を採用しています。ECストア上で管理されているデータを使って算出することができるので、とても実践的です。
顧客寿命予測を含まずに、実現したLTV(合計購入金額)で管理するパターン
大抵の場合、顧客寿命の予測はどうしても恣意的になってしまうため、すでに実現した数値のみを利用して管理しよう、というパターンがあります。
それは「Nヶ月LTV」を先行指標として管理する、という考え方です。
例として、「初回購入から3ヶ月目時点でのLTV(合計購入金額)」という数値を利用することで、少なくとも初回購入から3ヶ月以上経っている顧客に対しては、確定した実績数値を使って計算することができます。
これにより、”LTVが向上しているかどうか”を明確に判断することができるようになります。
たとえば
- 5月に初回購入した顧客の3ヶ月LTV = 4,000円
- 6月に初回購入した顧客の3ヶ月LTV = 4,200円
- 7月に初回購入した顧客の3ヶ月LTV = 4,600円
を横並びで比較することにより、少なくとも3ヶ月時点でのLTVは時系列的に向上していることが判断できます。これらは「コホート分析」と組み合わせることにより、わかりやすく可視化することができるようになります。
「コホート分析」によるLTV管理については、こちらの記事で詳しくご紹介しています。
以上のように、定義として正確に計算をすることはもちろん大切ですが、実践的なラインを見極めて自社でどのような数値を管理するかを決めることがより重要になります。
また、こちらの記事で、ECカートShopifyのデータを使ってExcel/スプレッドシートでLTVを計算する方法について解説しています。あわせてご確認ください。
LTV向上のフレームワークと代表的な手法
ECのLTVを向上させるための考え方は、インターネット上でも様々なものが紹介されていますが、基本的な考え方をご紹介します。
LTVの定義に立ち戻ると、LTVは「平均注文金額」「購入頻度」「顧客寿命」という要素に分解できます。単純ですが、これらそれぞれの数値を改善することでLTVが向上します。
インターネット上で紹介されている様々な手段は、どの数値を改善するために実施するものなのか、そのためにはどういったポイントに留意して実施すればよいか、目的意識を持って検討を進めることが重要です。
この記事では、代表的な手法についていくつかご紹介します。
平均注文金額を増加させる手法
アップセル
アップセル(Upselling)とは、顧客が購入した・しようとしている商品に対して、より多くの、もしくはより価格の高い、プレミアムなバージョンを購入するよう顧客に促すことです。「平均注文単価」を直接的に増加させることでLTVの向上に寄与する、とても重要な施策であるといえます。
クロスセル
クロスセル(Cross-selling)は、顧客が購入した・しようとしている商品に関連性があるまたは補完的な商品の購入を促すマーケティングの手法です。「平均注文単価」を直接的に増加させることでLTVの向上に寄与する、とても重要な施策であるといえます。
一定期間あたりの購入頻度を増やす
メールマーケティングの活用
メールマーケティングは、定期的に既存顧客との接点を維持することで「購入頻度」や「顧客寿命」を改善することができる施策ですので、LTVを向上させる重要な手段の一つです。
また、セグメンテーションを活用したメールマーケテイングを運用することで、顧客のニーズや嗜好に合った商品を複数プロモーションすることができれば、「平均注文金額」にもポジティブな影響が期待できます。
LINEの活用
LINEはメール配信と比べても高いコンバージョン率が期待できるので、アップセルやクロスセルの観点でのプロモーションをうまく組み込むことができれば、平均注文金額の観点でもLTV向上にアプローチできる可能性があります。
顧客寿命を延ばす
ロイヤリティプログラムの導入を検討する
ロイヤリティプログラムとは、継続的にサービスを利用、または商品を購入してくれる顧客に対して特典を与えるマーケティング戦略です。たとえば限定の商品購入や割引の機会であったり、様々なインセンティブを会員に提供することで、ブランドとの接点を強化し、リピート購入を促します。
ロイヤリティプログラムの主な目的は、顧客の継続率を向上させて収益を安定化し、競合他社との差別化を図ることです。
サブスクリプションの導入を検討する
定期購入・サブスク(サブスクリプション)の一般的な定義は、顧客が定期的にサービスや製品を購入することをコミットし、企業側は通常は割引価格などのメリットを提供するビジネスモデルを指します。サブスクリプションは「注文頻度」を安定化したり、「顧客寿命」をのばす点で非常に有効な施策であり、LTVを向上させる重要な手段といえます。
また、既存顧客に対するリピート購入を促すマーケティング活動のコストを抑えることができるので、コスト面からもLTV向上に大きなインパクトが見込めます。
顧客セグメント単位でLTVを管理し、向上させる
同じストアであっても、ニーズや購買目的によりLTVが異なります。
たとえばベビー・キッズ用品のECストアの場合、おもちゃをメインに購入する顧客と、おむつなどの消耗品を中心に購入する顧客では、平均注文金額も、購入頻度も異なります。おもちゃはある程度子どもが大きくなるまで継続的に購入してくれるかもしれませんが、おむつを購入している顧客は数か月~長くても数年で顧客寿命が尽きるでしょう。この場合、LTVを向上するためのマーケテイング施策としても、おもちゃをメインに購入している顧客と、おむつを中心に購入する顧客は分けて行うことが自然です。
このように、様々なニーズや目的を持った顧客や、多くの商品ラインナップを抱えるECにとっては、全体のLTVはKPIとして有用であっても、それだけではマーケテイング担当者にとっての具体的なアクションに繋がらないことが多いです。
マーケテイング担当者は、適切な顧客セグメントを作成して、セグメント単位にLTVを管理して施策に取り組む必要があります。
顧客セグメンテーションの全体像はこちらの記事で解説しています:
まとめ
この記事では、ECストアにとって実践的なLTV計算方法と、LTVを向上させるための代表的な手法について解説しました。ECマーケテイング担当者にとってはセグメント単位にLTVを把握して施策を打つことが重要です。ぜひこの記事をご参考いただき、業務にご活用いただけたらと思います。
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